最後に
これからの社会全体のIT化に対応するため、公立学校(小学校から)にプログラミングを必修にすべきか、現在検討しているそうです。
私は、やめた方がいいと思っています。それは、ライバルが増えるから食えなくなるとか、そういう事ではありません。むしろ、逆の意味としてです。
日本の教育の一番だめなところは、現場の教師の意見抜きで、ろくに子育てらしい事も学校行事にも参加した事もないような、えらい議員さんたちや、その有権者たるところの世のエリートサラリーマン達が、勝手にいろいろ決めてしまうところです。
「これからはゆとり教育だ」という事で「円周率は3.14ではなく3」とか言い出したかと思えば、「学力低下」という事で、夏休みを減らしたり、週の単位時間を増やしたり(低学年でも5時間・6時間あたりまえ)、全く逆の事を言い出しました。やってる事に一貫性がありません。現場では、ゆとり教育はずっと「やりすぎだ」と言ってましたし、「基礎学力向上」もみんな「やりすぎ」だと思っています。
最近話題になっている「一流の育て方」という本があるんですが、一言でいえば「強制や縛りつけでは、絶対に一流は育たない」という事が書かれています。
過度の「勉強しなさい」は、最終的には必ず「頼むから勉強して」になります。子供は「親のために、勉強したってる」になります。というような事が書かれています。
私のエンジニアとしてのルーツは、伝説の雑誌「マイコン BASIC Magazine」です。確か小学校4年だったと思います。
まだ、ファミコンとか出る前で、ゲームウォッチとかが流行りだした時期だったと思います。
当然、WindowsやOS-Xなんてものはなく、まだパソコンという呼び方もなかったように思います。
特に裕福な家庭というわけではありませんでしたが、近所の電気屋さんの薦めで、家に「Basic Master Jr.」という日立のマイコン(当時はそう読んでいた)がやってきました。
市販のゲームとかはほとんどなく、マイコンで遊ぶには、自分でBASICでゲームを作るしかありませんでした。
当時のマイコンの開発言語はBASICかアセンブラしかありませんでしたが、それでもマシンによって仕様がまちまちで、互換性は全くありませんでした。
そこで登場したのが、「マイコン BASIC Magazine」です。毎月、マシン毎に、1つか2つのBASICのプログラムが掲載されて、みんなそれを夢中になって打ち込んでいました。
当時のマイコンは、8ビットでカラー8色、メモリーが256Kbyteとかだったと思います。その限られたスペックで、いかに短く、いかに高速なソースを導き出すかに夢中になりました。
掲載されるプログラムは、簡潔で高速、しかもオリジナリティあふれる秀逸な作品ばかりだったので、その技を盗んで、自分で新しいロジックを編み出すという経験が、今の自分の基礎になっています。
5年生の頃には、逆に自分で作ったプログラムを投稿して掲載されるまでになっていました(掲載料9000円!小学生にとってはかなりおいしい)。
その経験があるからこそ、20年ぶりに浦島太郎状態で復帰したにも関わらず、ITの世界で第一線をはれているんだと思います(その自信があるから、戻ってきたんですが)。
日本のITは、海外に比べて、必要以上にSEの地位が高くて、スーパープログラマー的な人がほとんどいないといわれます。
確かに、顧客のニーズに対応するにはSEのコミュニケーション力が必要ですが、それを実現するためには、確固たる技術力が必要です。
今の若いプログラマーのプログラミングは、ただの単純作業のような印象を受けます。
スペックに縛られるという事がほとんどないので、どうしても可読性とかメンテナンス性が重視され、独創性のあるロジックにはとんとお目にかかれません(そういうロジックはほとんど海外)。
その事自体はしょうがないと思いますが、日本のプログラマー自体が、プログラミングという作業に魅力を感じていないように感じます。
私は、フリーランスという立場がら、お客さんとの折衝から設計、実装まですべて担当しますが、もし「今後は設計だけ担当して、実装は若いやつにやらせればいい」とか言われたら、絶対御免蒙りたいですね。楽しさ半減どころじゃないですから。
話がとんでしまいましたが、私が子供時代にそれほどプログラミングに熱中した理由は、学校で教わった事ではないからだと思います。もし当時、そういう授業があったら楽しかったとは思いますが、それは「勉強」になってしまって、そこまでのめりこむ事はなかったと思います。
極論になりますが、私は学校では「読・書・算」だけ教えればいいと思います。それで余った時間を、自分達のやりたい事に使えばいいと思います。
家庭や地域の教育力が低下した事で、なんでもかんでも学校にしわ寄せが来るのは多少いたしかたない所もありますが、その上さらに、やれ英語だのプログラミングだの必要でしょうか?
子供は、興味がある事にはとんでもない能力を発揮します。逆に興味のない事を、いくら押し付けてもたかがしれています。
ながなが、えらそうに教育論をかましてしまってすみません。ただ、このままでは日本のITは世界に太刀打ちできなるという事は間違いないと思います。
この「アプリ開発入門」が、これからの若い世代に、プログラミングの面白さに気づいてもらう一助となれば、幸いです。
2016年4月25日 KAZU
